ドラゴン桜 (1〜11巻)
三田紀房
モーニングKC・講談社(2003〜2005) \514
ISBN:4-06-328966-4

ドラゴン桜 表紙

テレビでも放映しているという、倒産寸前の高校を建て直す目的で乗り込んだ弁護士と、 その高校再建戦略で東大合格を目指す2人の男女生徒との葛藤を描く学園フィクション劇画です。 読んだきっかけは、堀江穆先生が、工学教育研究センターの議論の中で、私の発言内容について、 「お前の言うことは、とっくにこの漫画に書いてあるから読め」と渡されたからです。 1日かけて8巻まで読んで、本当にびっくりしました。私の知る限り、以下の2つの本: ダニエル・ゴールマン、土屋訳:EQこころの知能指数、講談社+α文庫(1998) ISBN4-06-256292-8 澤口俊之:幼児教育と脳、文芸春秋文春新書054(1999) ISBN4-16-660054-0 の内容を極めて旨く高校生の現状に当てはめ、 問題点をえぐり出し、しかも、東大合格という目標に向かって進むというフィクションながら分かりやすい設定で、 人間の本質を解明しているからです。前者は、既に三池先生の書評 にありますが、「感情」(emotion)の醸成こそが、人間能力を引き出す要であるといい、 後者は、「自我」(本書では「自己」としている)の獲得こそが、人間にとって基本的に重要であると説いています。 これらの本は、従来の知能こそが人間にとって重要という「知能偏重」に対して新鮮な影響を与えています。 しかし、本書は、人間の成長発達に関して、受験と言う極めて現実的な応用問題を通して回答を与える課題を自らに課した点で より厳しい立場に立っています。そのため、目的意識、メンタルな成功報酬(共感、褒められる喜び)、 トレーニングの重要性=繰り返しによる脳の発達、などが重要であることを明確にしています。 手や五感を総動員して勉強する、すなわち、人間能力の脳へのフィードバックの重要さ を明確に述べています。 これらのことは、最新の脳科学の成果をふまえていることを示します。高校生のストレス状態の解明では、 劣等感に偏重しているように思われますが、本書の魅力を削ぐほどではなないでしょう。強いて言えば、 人間の依存体質と脳の関係の問題を加えるべきです。唯一問題となる点は、東大合格を最終目的にしている点です。 すなわち、合格したなら、それまでに培った能力を存分に発揮して、その後の進路を自ら探ることができるであろうという 著者の願望が伺えます。しかし、人間は多様です、もし、この2人の生徒の成長課程で、若干のミスや誤解が残ったとすれば、 そう簡単ではないかもしれません。実際、合格後の虚脱状態や、目的を失って以後の人生を構築できない学生も多いのです。 従って、劇画として成立させるためにはこれ以外になかったことは理解できるけれど、人間として、 一生をかけて追求すべき目的を設定しなければならないはずです。特に工学部の大学生について考える立場の私にとっては、 それは、「食糧とエネルギーの自給できる社会の構築」です。

(溝田 忠人)